「サイレントベビー」について小児科医が思うこと

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子育てをしているママさんなら、一度は聞いたことがあるであろう「サイレントベビー」という言葉。実は、これは造語であり医学的な用語ではありません。ところが、周りを見渡してみて、この言葉に無意味に苦しんでいる人がいるのではないかと危惧しています。サイレントベビーの言葉に対して小児科医として思うことを書きます。

サイレントベビーという意味

サイレントベビーとは、「泣かない赤ちゃん」を指します。サイレントベビーは、1990年に小児科医である柳澤彗氏がその著書「いま赤ちゃんが危ない サイレントベビーの警告」で紹介したのがもともとの出どころです。

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柳澤氏の著書の中では、育児の中で、特に母親との関わりが少ないと、表情が乏しく発語のない赤ちゃんになる可能性が示唆されています。

ところが、実際のところ、母親の関わり方によって、赤ちゃんの発語が増えたり減ったりするというエビデンスは示されていません

ところが、なんとなくこの言葉が独り歩きをして、なぜか「泣かせていたらサイレントベビーになってしまうのではないか」と怯え、赤ちゃんが泣くたびに大変な努力をして泣き止ませようとしたり、重いプレッシャーに苦しむ母親は意外に多いのではないでしょうか?

スマホやテレビに没頭していると赤ちゃんが泣かなくなる?

サイレントベビーの言葉の発祥はもう30年も前のことですが、現代ではそれをスマホ育児と結びつけ、母親がスマホやテレビに熱中するあまりに赤ちゃんへの声かけを怠ると、赤ちゃんがサイレントベビーになるかもしれない、と煽るように書かれているサイトを目にします。

ところが、そもそも赤ちゃんが泣くのは、おなかがすいた、ねむい、だっこしてほしい、●●が気持ち悪い、など、生理的な欲求に近いもの。生きていくために泣くことで周りにアピールしています。それは、哺乳類へと進化してきたときからずっと続いていることです。その、いのちの欲求を、仮に数か月でも泣きっぱなしにされたからといって、取りやめることはあり得ないと私は思っています。

子育て中の母親はとても忙しくて、赤ちゃんのお世話をしながら、洗濯、片づけ、買い物、他の子のお世話、仕事、など本当に様々なことをこなさなければいけません。その時間の中で、少しくらい赤ちゃんを泣かせても、全く問題があるとは言えません。そして、もちろん自分の時間を持つことも大事なので、赤ちゃんが多少ぐずっていても、本を読んだり、テレビをきりのいいところまで見たり、メールを返信したり、といった自分のための活動をするのも全然OKだと思います。というか、そもそもOK云々言われることが間違いです。お母さんの心が安定していないと、それこそ赤ちゃんに悪影響を及ぼします。

ネグレクトとサイレントベビー

虐待の一種であるネグレクトとの関連を示唆するものもあります。しかし、上述のように、日常の一コマを切り取って、その時間に相手をしていなかったことがネグレクトと責められることはありません。そして、それがサイレントベビーにつながることもありません。

むしろ、2歳、3歳になってきたときには、自分の要求を無視され続けたり、相手にしてもらえないことが極端に多くなると、子供でもうつ状態となり、無表情・無発語となってくる可能性はあります。しかし、発達障害(自閉症スペクトラムなど)もこの時期に顕在化してくることが多いため、一概に関連づけることはできません。

少なくとも物心がつくと言われる2歳、3歳くらいまでは、「どうせ泣いても自分なんか相手にされない」といった高度な思考ができるまでは発達していません(失礼)。もちろん、それでも、赤ちゃんの要求に応え、泣いている理由をさぐり、試行錯誤するのが育児ですが、それをしたうえでも泣いてしまう場合、一旦離れて冷静になるのも重要です。

現代のママは頑張りすぎている

昔は祖父母、もしかしたら曾祖父母の世代や近所の人達も一緒になって、地域全体で子育てをしていました。ところが、現代では、よく言われるように核家族化が進み、親元から遠く離れて暮らしている家族も多いです。そして子供が生まれ、慣れない育児をしながら、誰にも相談できず、分からないことも山積み。そこでインターネットの膨大な情報に頼ることになるのですが、膨大すぎて何が正しいのかも分かりません。結局は自分の気になる記事、センセーショナルな記事に目が行ってしまい、「サイレントベビー」「虐待」などの文字が並んでいると、自分もそれに当てはまるのではないか、と怯えます。そして、なにもかもできなければ母親として失格、泣き止ませられなければ虐待として通報されるかもしれない、という気持ちに追い込まれます。こうなってくると、ますます周りに助けを求められなくなります。でも、子育てって、そんなに無理して頑張ってするものではありません

私自身も、小児科医としてある程度年数が経ってから子供を授かりましたが、子育ての経験を通して初めてこの言葉を知りました。第一子が赤ちゃんの頃は、なにもかも初めて。分からないことがあれば、授乳中や赤ちゃんが寝ているすきをみてインターネットで検索。「あかちゃん 泣き止まない どうする」などと検索しているうちに、この言葉が引っかかりました。0歳の赤ちゃんが周りを忖度して生理的要求を取りやめるなんて、通常考えたらあり得ないことですが、そのときにはその言葉はとても恐ろしいものに思えました。

まずは、自分に目をむけてみて

何もかも自分でやらなければ、母親である私が赤ちゃんを泣き止ませられなければ失格だ、泣いていると虐待で通報されるかもしれない、赤ちゃんの発達が遅れるかもしれない、そんなことばかり考えていては、せっかくの赤ちゃんとの大切な時期を幸せに過ごすことができなくなります。

子育て時代って本当に人生の中でも幸せに満ち溢れていて、とてもキラキラしている時代です。どんなに疲れ切っていても、夜子どもたちの寝顔を見たら、疲れも吹っ飛びますよね(そのまま意識もとびますが)。まずは、自分が自分らしい笑顔でいられていますか?インターネットの情報に踊らされて、本来の自分を見失っていませんか?

母親が子どもたちの幸せを一番に願うのと同じように、子どもたちも母親の笑顔を一番見たいと思っています。原点に返って、「ママが幸せな育児」をする方法を探してみてくださいね。そして、自分の力だけではどうにもならないこともあります。自分が無理しすぎていないか、ママ自身を労わって、自分にも目を向けてみてください。無理だ!というところに行きつく前に、誰か、誰でもいいから、助けを求めてください。保健センター、市役所、児童相談所、保育園や幼稚園、どこでもいいです。小児科でも、何か助けになるかもしれませんよ。

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